研究・産学連携
vol.6:鍼治療の効果や新たな教育方法を検討して視覚障害者に貢献(2024.4.1)
視覚に障害がある学生が学ぶ春日キャンパスでは、医療系の国家資格であるはり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師を養成しています。古くは、江戸時代に視覚障害を有する鍼灸師が活躍するなど、視覚障害者の就労に重要な役割を果たし、現在も全国の視覚支援学校に養成課程があります。しかし、現代は西洋医学が主流となり、科学的根拠に基づく医療(EBM;Evidence-based Medicine)が求められていますが、鍼灸あん摩マッサージ指圧は経験医学と呼ばれ、歴史はあるものの、その効果についてのEBMが十分ではありません。また、本学以外の視覚障害者教育機関には、鍼灸あん摩マッサージ指圧と西洋医学が協働する臨床・教育施設はありません。以上のように、鍼灸あん摩マッサージ指圧のEBMの確立や視覚障害者に対する西洋医学との協働の実践教育は不可欠です。
本学の"東西医学統合医療センター"は地域医療に貢献しながら、視覚障害者を有する鍼灸あん摩マッサージ指圧師の臨床教育を行うと同時にそれらの研究に取り組んでいます。ここでは、我々の研究の一部を紹介します。
1)鍼の効果に関する研究
本研究は、血液透析患者の愁訴に対する鍼治療の効果を検討しました。血液透析は、腎機能低下に伴い行われる療法で、血液を体外に取り出してダイアライザーを介して余分な水分や物質を取り除き、必要な物質を補充して、再び血液を体内へ戻します。療法は、週三回の通院および一回につき4~5時間を要するなど、心身の負担が大きく、QOLの低下も指摘されています。我々は、最初に血液透析患者の訴えとスタッフが対応に困っている症状についてアンケート調査を行いました[1-3]。
図1 施術で利用した鍼(毫鍼と円皮鍼)
その結果、痛みやかゆみ、筋緊張(こり感)、しびれなどの症状が多く、スタッフも対応に困っていることがわかりました。次に、これらの症状を対象にして図1で示した鍼を用いて治療を行いました。患者にとって、血液透析中に鍼治療を受けられると一番時間的な効率が良いわけですが、鍼治療によって血圧変化などが起こり、血液透析療法の妨げになってはいけないので、まずは血液透析療法の前・後で治療を行いました。安全を確認した後、血液透析療法中に毫鍼による治療も行いました(図2)。結果的に、鍼治療による重篤なインシデントやアクシデントは起こりませんでした。これまで実施してきた鍼治療の効果を図3に示します[4]。鍼治療の対象とした全ての症状をまとめたVAS(Visual Analogue Scale;高値だと症状が悪い)の数値は、鍼治療後に有意に改善しました(図3の一番左のグラフ)。
また、痛み、かゆみ、筋緊張、しびれについても有意に改善しました。これらの結果について、解析できる範囲で解析をすすめてみると、糖尿病(DM;Diabetes mellitus)を罹患している血液透析患者のかゆみについて、鍼治療の効果が得られにくいことがわかりました(図3右)。今回示した症状のなかでも、かゆみは血液透析療法では特徴的な症状です。鍼治療が有効だということとともに、その効果に糖尿病の有無が影響していることが明らかとなりました。糖尿病を罹患していても効果が見られる患者もいますが、かゆみを訴える血液透析患者に対して鍼治療を行う際は、糖尿病の有無を確認して、EBMに基づいて情報提供することが必要になると思います。
図2 血液透析療法中の鍼施術の様子 |
図3 鍼治療の前後における各症状のVASの変化(左)と糖尿病の関係(右) |
2)オンラインを活用した視覚障害者を対象とした医療・理療の臨床教育に関する研究
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、オンラインを活用した様々な教育が行われるようになりました。視覚障害者を対象とした理療教育は講義と実技に大別されますが、講義については、移動の負担を軽減するなど大きなメリットがあります。一方、実技については、特に視覚障害を有するため古くから手取足取りで教授されることがほとんどで、オンラインによる教授の方法や効果、そもそも可能かどうかはわかっていません。我々は、オンラインによる実技教授について、実践研究を通じてできること、できないこと、課題や問題点等を明らかにすることでその可能性を見出したいと考えています[5-7]。
実践研究の一部を紹介すると、有資格者を対象に図4左に示したセッティングを用いて、オンラインによる実技教授を行い(図4)、終了後にアンケートを実施しました。その結果、個人差はあるもののある程度習得することができました。
図4 オンラインを活用した鍼技術教授(左はセッティング、右は教授の様子)
この他、西洋医学と協働する臨床施設を有している本学の特長を生かし、他の視覚支援学校等ではできない取り組みを行っています。現在の医療では役割分担が進み、様々な専門知識と技術を有する医療職が協働しながら臨床を行っています。鍼灸あん摩マッサージ指圧師が今後の医療で活躍するためには、西洋医学のスタッフとの協働は必須です。この素養を身につけるため、当センターの医師や理学療法士と他の複数の視覚支援学校とオンラインで繋いでカンファレンスを実施しています。
今後、視覚障害者を対象とした場合に必要な合理的配慮やできること、できないことを明らかにするとともに、その教育的効果について検討を進めます。
図5 オンラインを活用した多職種カンファレンスの様子
引用文献
1) 櫻庭陽, 他 : 維持透析医療における鍼治療の可能性-透析医療スタッフによるアンケート調査より-. 全日鍼, 56(1) : 76-83, 2006.
2) 櫻庭陽, 他 : 三重県の透析施設を対象とした鍼治療に関するアンケート調査. 全日鍼, 60(2) : 209-215, 2010.
3) 櫻庭陽, 他 : 維持血液透析患者の愁訴および鍼治療に関するアンケート調査. 日透医, 40(6) : 513-516, 2007.
4) Sakuraba H., et al. : Acupuncture therapy for symptoms of hemodialysis patients. The American Society of Nephrology Kidney Week 2014 Annual Meeting (November 13-16 in Philadelphia, PA).
5) 櫻庭陽, 他 :リカレント教育のための鍼灸実技の遠隔教授の試行―晴眼初学者を対象としたオンライン動画による鍼実技の遠隔一例― . 筑波技術大学テクノレポート, 28(1) : 7-12, 2020.
6) 櫻庭陽, 他 : 資格を有する視覚障がい者に対する鍼技術の遠隔教授-インターネットを活用したリカレント教育の実践-. 筑波技術大学テクノレポート, 29(1) : 1-6. 2021.
7) 櫻庭陽, 他 : インターネットを活用した視覚障がい者の理療実技教育の実践ー鍼通電療法の遠隔教授 . 弱視教育, 60(1) : 47-53, 2022.
(附属東西医学統合医療センター 准教授 櫻庭陽/2024年4月1日)